12月18日(日)。幕張と浅草。

  何度も二度寝してから起きて不本意に幕張メッセへ。上司に「一回見ておいた方がいい」的なことを言われたので行くんですが、かつて自分が半死半生の目に遭いながら何度も徹夜して担当していたイベントをなんで「一回見」に行かなくちゃいけないんだよ! と心の中で毒づきます。が、イベントは見ないことにはわからない、というのは事実でもあるので嫌々行って参りました。海浜幕張から会場に歩くのさえイヤなので、幕張本郷からバス。全体的に毎年と変わりないことを確認し、担当していた頃ではなく、今の部署の人間として見るべきかなと思われる場所をざっと見て、こんなときだけ事務局に行って関係者面するのは嫌いなので裏へは行かず退去。まぁ行き帰りの電車で森ミーを読了できたので文句はありません。さくさく浅草に向かいます。
  愛用の250円弁当やさんで唐揚げと鯖の塩焼き弁当を買って浅草演芸ホールへ。浅草って出演者減らしているのかな? なぜかいつもより一人ずつの持ち時間が長いように感じました。主任は歌いたい放題の名調子。暮れらしくていいよねえ。夜席に川柳師匠もペペさんも出てるし、なんか歌ってる人多いよ。私のお目当ては「子ほめ」でした。最初、子ほめかぁと思いましたが、考えてみたらいつ以来でしょう。子ほめとか、つるとかだんだん聴けなくなって来るのかも。道灌なんていつから聴いていないかわからない。いやいや、そのうちそういうのがしみじみ面白いおじいさんになって行ってくれるのかな。長生きしよ。

南喬「替わり目」 扇辰「子ほめ」 のいるこいる 小袁治「犬の目」 扇遊「権助芝居」 正楽 市馬「掛取風景」  
ございます「転失気」 一左「幇間腹」 志ん弥「金明竹」 川柳「ガーコン」 ペペ桜井 百栄「いつもの」 ロケット団

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友よ。

  人を好きって思っていられるということは、クラシックなハンサムに弱い、面食いで惚れっぽい私であっても、本当に希少で有難いことであり、仲がよかったはずの人をどんどん失っていく月日の中で、自分の好きな人とさえ、継続的に良好な関係を築いていられない自らの性格の悪さを反省せずにはいられない。
  となると、私には「究極的に性格が悪くて優しくない。それでもいいと言ってくれる人ー!」というふるい分け機能があり、こんな私を好きでいてくれる人というのは、最上級に許容範囲の広い人格者なわけで、結論としては人数は多くないけど、友人には非常に、ありえないほど、恵まれている、ということなのでした。ものすごくありがとう。この人たちに見放されたら人間として終わりだと肝に銘じております。

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6月13日(日)。人生。

  これこそが人生だと実感してしまうくらい嬉しいことや悲しいことが色々たくさんやって来て、いちいち泣いたり悩んだり、幸福感を反芻したりする。まぁありがたいことではあるが、こんなたくさんの思いの起伏も、父を失った悲嘆に比べればちょっとしたデコボコですらない。あの頃本当に苦しかったな~とか、お父さんのこと本当に好きだったんだな~とか、それだけの育て方をしてくれたんだな~、とか思ってまた泣いたりなんかして。なんだか落ち着かない日々です。これが人生なのね。

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6月6日(日) 恋と正義。

  人を好きになればなるほど、清く正しくあろうとしたかつての私は、いったいどこへ行ってしまったのだろう。たぶん、その人にふさわしくあるためには清く正しくあらねば、と思える清く正しい人を好きになるところからやり直さなくちゃいけないのね。
  恋をすれば傷つくこともあり、それをただ受け入れなくてはならない時はあって、その作業は何度もして来たが、それはそれとして、自分が粗末にされたことには自分自身が気づいてやって怒らなくちゃ前へ進めない時もある。ただ、恐らく確かなのは、何もかもがきっとこのままではない、ということで、ほとんどのことが移ろって行く。「いつまでもこのままではいられない」という言葉でそれを思う時、それは諦めでもあるけど、同時に希望であり、祈りでもある。なにもかもが、きっとこのままではないということが。
  人って面白いよな~。この4日間くらいですんごいいろんなこと考えた。どう考えれば自分が収まるのかずっと考えてた。なんとなく自分に言い含めるだけではその想念は止まらなかった。どんどん新しいこと思いついた。で、まぁまぁまともなところに行き着いたかな。
  誰が悪いとか悪くないとか、人を責めるとか責めないとか、そんなことよりも重要なのは、まず私自身がまっとうであれ、ということだ。あーよかった。思い出してあーよかった。

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4月23日(金)。おとなしく帰宅。

  ゆうべ12時過ぎ頃に寝たと思うが、なぜか4時に目が覚めてしまった。寝ようとしてみたが、眠れなくて読書他。6時頃また眠くなって寝てしまい、目が覚めたら10時だった。10時! 会社に電話して「ボードに11時出社って書いて。」と頼んで11時半に出社。たるんでます。
  午前中に送ると約束していたメールが2件あって、大急ぎで書いて送る。夕方から急に持ち上がった新規の仕事について電話やらメールやらしていたらあっという間に5時。5時半から他社で打ち合わせだが出られない。遅れますと電話して40分遅刻。レセプションに1件出席。このレセプションには私が招集をかけて他の部署の人にも顔を出してもらっているのだが、みんな次があるといって足早に去って行く。寒い寒い雨の中、19時半や20時から、次の仕事があるといって出て行くんだよ。大変だよね。
  帰宅後、ゴルゴンゾーラのニョッキとにんじんのピクルスで夕食。ビールを飲みたいところだったけど、せっかく外で飲まずに帰って来たので休肝日に、と思ってノンアルコールビールを飲んでみた。おいしくないんだね~~!!! ビールとは別の飲み物と思わないと飲み下せないが、この食事に甘い飲み物とかコーヒーとかも合わないしま、いっか。休日は家でダラダラしているくせに、誰とも飲みに行かないで帰って来た金曜の夜がなんか寂しいなんてちょっと問題アリだな。

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4月3日(土)。お花見サイクリング。

  ゆうべのことを考えると、記憶がないというほどでもないがよく覚えていない。学芸大学まで行ってゆきさんに抱きついたことや帰りがけにK坂さんがいたことは覚えているけど、たぶんそれ以外は全部寝ていたのだろう。私、何分くらいチェロキーにいたのかしら。
  というわけで、やっぱりワインはあんまり向いてないね、という結論。せっかく寝坊せずに起きられたので、地下鉄に乗って築地市場へ。小さいいちごをたくさん買いたい。少し慣れて来た場内の青果売り場を小走りにひと渡り見て、ちょうどよさそうないちごが二種類あったお店に戻る。値段は20円高いけど、絶対こっちの方がおいしいよ、ジャムにしてもジュースにしてもそのまま食べても、と言われたいちごを2ケース。1パック200円。やっぱり市場安いよね。珍しい野菜や果物の間を何度もうろうろしていたら、色々買いたくなるけど、持てないし使い切れないのでがまん。もっと近くに築地があればいいのに、と思った瞬間に気づいた。今の家からだったら、淀橋の方が断然近いんでは? 次回、淀橋市場探検を心に期して退場。
  帰宅後、つい昼寝をしてしまったのだけど、ジャムを入れるびんを買いたいし、お花見もしたいので自転車で出発。まず家の前の花を見て、文京区の播磨坂、東大病院、上野池之端と、桜の名所をめぐりながら東北方向へ。上野でうっかり、露店があって人が大渋滞しているところへ自転車で突入してしまい大迷惑。しかし今さら前へも後ろへも、という状態で皆さんすんませんでした。やっとの思いで人混みを抜けたらもう4時40分。大慌てで合羽橋へ飛ばす。いつも行っているお店でガラス瓶30個を購入。
  ずっしりと重くなったリュックを背に浅草は隅田公園へ。自転車を停めてゆっくり歩いてみた。ここ、ちゃんと入ったの初めてなんだけど、桜の豪華さに比して人が少なくて、かつ屋台とか飲み屋とか充実してて楽しいわ~。ついに我慢しきれずビールを購入。暗くなって来る中、対岸の桜並木とスカイツリーを眺めながらモツ煮とビール。その後、飲酒運転で会社に少し寄って、千鳥ヶ淵、靖国神社、市ヶ谷、飯田橋と流して、桜の下を走り続けて帰宅しいちごジャム制作中。千鳥ヶ淵の夜桜は幻想的ですごかった。

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2月24日(水)。フィギュア休暇。

  バンクーバー五輪、女子フィギュアスケートSPを視聴するため午前半休。テレビの前にぴったりとはりつく。会社でもテレビは見られるけど、いいところで電話でもかかって来たら出ないわけにもいかないので。日本の選手にどうしてもメダルを取ってほしい、という気持ちはないけど、日本選手を含め、どこの選手でも、この日のためにどれだけ鍛錬して来たのかと思うと胸打たれる。こんな舞台で、パーソナルベストを出せる人ってすごい。安藤美姫だけはトリノの前から大好きで、2007年の世界選手権でもっと好きになり、調子がよくても悪くても肩入れして見ている。
  フィギュアが終わってから出社。昨日も早く会社を出てしまったので、いくつかたまっていた仕事を片付ける。他の部署の先輩と外出したら、ものすごいフィギュアファンなようで、フィギュア話で盛り上がり、「解説はフィギュアの佐藤さんか女子柔道の山口さんですよね。」という点で合意を見る。
  夜のニュースで松岡修造が「オリンピックには魔物がいるといいます! ”オリンピックの魔物”とは何か!! それは”緊張”です!!!」と名言を吐いていた。「僕が考える、『エースをねらえ』の根底に流れる精神とは”一所懸命”ということだと思います。」に通底する「そんなんでいいなら私でも言えますがな解説」である。
  生クリームが残っていたので、帰宅後ロールケーキを作った。遺憾ながら仕事が暇である。

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2月6日(土)衝撃の再会(?)。

  久々の武道館ライブ、 イエモン以来か、それともエアロスミス? いずれにしても10年ぶりくらいです。
  そして初☆吉川晃司。 ファンクラブに入っている友人ゆかちゃんが取ってくれた、アリーナのセンターブロック3列目、という 強烈にいい席でライブが始まりました。
  私の席は本当にどセンターに近くて「目前にコージ」だったので、 これはファンの人が少しでも近くで見た方がよい、と思い2曲めで友人と席をチェンジ。 わずか2席ですが左に移動して、ライブを堪能しておりました。

目の前にギタリスト。

  始まってすぐに「この人うまいな」と思ったんですが、 見れば見るほどかっこいいし、音もいい。 ツブのはっきりした演奏とひずんだ音のバランスが私好みで、 しかも弾いている姿が、身体全体で会場じゅうの音を受け止めて、すごく楽しそうなのに力が抜けてて、余裕のある軽い笑みがたまらん。

あっという間にファンになってしまいました。

  こういう人って、サポートの他に自分で売れないバンドやってたりするので、 調べて聴きに行きたい!  ゆかちゃんに教えてもらわなくちゃ!  と、アンコールの前に 「左のギターの人、なんて人?」って聞いたら 「エマさん。けっこう人気ありますよ。」 「えまって名前なの?」 「名前はキクチヒデアキ。」

という短い会話の後アンコールに突入し、心地よい疲労感とともにライブ終了。 武道館を後にする坂道で 「コージやっぱりスターだったね!」 「U山さんもお気に入りが見つかってよかったですね。」
「うん、真ん前で超よかった!」って話していたら、 ゆかちゃんに 「イエモンの時は興味なかったんですか?」と聞かれる。

「え、え、え? イエモンの人なの?」
「そうです。」
「え、え、え、じゃああの菊地兄弟の菊地なの? アニー?」
「アニーじゃなくてお兄さんの方。」
「そうだよね、アニーはドラムだもんね。えっナニ、そうなの?
エマってそのエマ? じゃあ私、会ったことある!!!」

  今を去ることまさに10年前。
  私が大好きだったバンドとイエモンは 同じレコード会社の同じレーベルで、 プロモーションの担当者も同じで、 職権乱用して仲良くなったその担当者が、他のアーティストのライブにもせっせと私を招待してくれていました。 (一応、音楽ページの担当だったので。)

  伝説のライブと言われているイエモンの武道館 「メカラウロコ・10」にも招いてくれて、しかもそのあと打ち上げでメンバー全員に紹介してくれたのです。
  でもその時の私は、その打ち上げも「断わり切れなくて連れて行かれた」って感じで「あ、ホンモノの吉井さんだ。」くらいにしか思っていなくて、 しかもベースのヒーセがカッコイイ、なんて思ってて、ギタリストの印象がまったくありません。
  その頃、私のココロのギタリストの席は埋まってたんだよ・・・。

  私がイエモンにはまったのはそれより後で、 ほどなくイエモンは活動休止してしまい、解散後、吉井和哉のソロアルバムは買っているけど、他のメンバーのこと全然知らないままでした。

そっか~めちゃくちゃメジャーなミュージシャンでした。
そりゃ余裕あるし、人気あるよね。
今頃ファンになってすみません、て感じ。
音だって好きなはずだわ、イエモン大好きだもん。

とまぁ、10年前と同じ場所で衝撃の再会(?)を果たし、 ゆかちゃんとあやちゃんと、コージ話エマさん話で盛り上がりながら食事をしていたときふと思い出したことが。

「菊地兄弟ってことはキラーメイってこと???」

イエモンの菊地兄弟って、イエモンのだいぶ前に 「Fuckin' with a virgin」というどうしようもない曲でデビューした 「キラーメイ」ってバンドやってたんです。 しかも私、わりと好きで、そのアルバム持ってたんですわ・・・。

二度目じゃない、三度目の再会だったんだ。
キラーメイ聴いてたの、24年前!
その頃から好きな音だったのかも。
(完全に忘却してたけど。)
ものすごい遠回りして、今さら感いっぱいですが、今日私、エマのファンになりました。

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1月16日(土)。荻体で練習。

  三連休に実家に帰っていたので、気づくと1月4日から一度も打っていない。またまたみっちゃんにお願いして5時から荻窪体育館で練習。全日本シニアチャンピオンにマンツーマンでみてもらえるなんて、なんて贅沢なんだろう。しかし、その恩恵が猫に小判としか思えない今のワタクシの腕前。途中で試合の終わったMちゃん(みっちゃんの一人娘)がやって来て、シングルスのゲームをしてもらった。ストロークがもうMちゃんの方がいいので、追い込まれると全然だめだけど、ダブルス杉並チャンピオンとはいえ、さすがに中学生は動きにまだ穴があるので、自分がコントロールよく打って行けば取れるラリーもなくはない。結局ファイナルになって負けてしまったのだけど、そうだ、こうやって攻めるんだよな~とちょっと組み立てを思い出せたゲームだった。(みっちゃんと打つと、どこに打っても無効なので思い出せませんでした!)
  練習後、確かに私相手じゃ汗もかかないだろうけど、なんとみっちゃんが「もう一か所練習に行きたい」と言っていなくなってしまったのでMちゃんとデート。荻窪のルミネで、プラザとかコキュとか延々と二人で見る。なんか色々買ってあげたくなってしまう。妹とか、娘とかいたらこんな感じなのかね。二人でオムライスを食べてから、夜道をMちゃんが一人で帰るのが心配でたまらず、着いたらメールしてよ!といって別れる。本人たちにとっちゃ毎日のことなんだろうし、自分も深夜徘徊しまくってるけど、人んちの大切なお嬢さんだと思うと気が気でなかった。しかしMちゃんはKAT-TUNの話ばっかりしてさしあたって色気づく様子はなし。

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1月11日(月)。おばあちゃんの天ぷら。

  静岡の親戚の家に寄りながら東京へ戻る。浜松なのでいつも鰻を取ってくれるのだけど、もしも、もしもできるなら、おばあちゃんの手料理が食べたい! とわがままを言ったら、天ぷらを作ってくれた! 野菜は叔母が切ってくれたのだけど、祖母が小麦粉をざざっと袋から目分量で衣を作って揚げてくれた。見事な揚がり方で超美味。祖母96歳、すごいなあ。あとはカレーが・・・。
  浜松の祖父母と同居して育った従兄弟二人が、成人してから「浜松に帰ったらとにかくおばあちゃんのカレーが食べたい。おばあちゃんのカレーはどこのカレーとも違う」と言ったのだが、外で育った私は「おばあちゃんのカレー」を食べたことがない。実は今回もカレーを頼んでみたのだが、「カレーはこの前食べたばっかりだから、今回は天ぷらで」とのこと。天ぷらもおいしくてビールと共にモリモリいただきましたが、やっぱりおばあちゃんのカレー食べてみたいな~・・・。しかーし、私にこの「カレー伝説(幻想?)」を植え付けた従兄弟は、二人とも自分のその発言を忘れているのだった。

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